
映画『カーテンコール』に、navitownスタッフが、ちょっぴり密着取材!!(ロケハンや撮影に毎回、同行しているわけではありませんので完璧ではありません。また、シナハン・ロケハンで行った場所が全て映画で使われるわけではありません。)
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- 2004年6月7日(月)曇り時々雨 不快指数1000%?!
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今日は、映画『カーテンコール』の下関市長表敬訪問と、記者発表の日。
AM10:20 市長室前で待つこと5分。監督と臼井プロデューサー、下関フィルムコミッションの冨永さんが、噴出す汗をハンカチで抑えながら来られました。(市役所はまだエアコンが入ってなかったのだ!)
まず、映画『チルソクの夏』の興行成績やこれからの上映予定、監督の近況報告(監督賞受賞の話しや、『'03年鑑代表シナリオ集』にチル夏が掲載されるなど)をした後、本題に入りました。監督・臼井「今回の映画は、チルソクより大きな規模で、バジェットも倍以上かけて、公開規模も100館以上で全国一斉上映できるように頑張っています。公開は来年の6月の予定で、今と過去の下関を映画全体の70%位を撮影します。現実をカラーで、30~40年代を白黒で展開していきます。」
市長「ぜひ、カモンワーフや唐戸市場などの下関の主要観光地の撮影をお願いします。(笑)」監督「ストーリーは、親子の愛憎の話で、二つの家族の現代と過去を捜索させながら、僕の好きな劇中劇もいっぱい出てきます。主要キャストは、伊藤歩さん(出演映画:「さよならクロ」「きょうの出来事」他)、藤井隆さん(「模倣犯」他)です。他にも「半落ち」や「チルソクの夏」に出ていただいた俳優さんも出演されますよ。(笑)」
臼井「今回、下関みなと劇場を映画の中で再現しようという設定なんですが、最初は、まるは通りの閉鎖しているパチンコ店を映画館にしちゃおうっていう案があったんですが、あまりにも費用がかかりすぎるので、八幡東区にある「前田有楽」という劇場を下関みなと劇場という看板をたてて、撮影します。」
市長「私たちも、北九州、福岡のフィルムコミッションとも連携をとって、いい映画になるように、協力します!頑張ってください。」


左が佐々部監督、中央が江島市長、右が臼井プロデューサー。終始和やかな雰囲気で、映画談義をされていました。 一番左が下関フィルムコミッション会長の冨永さん。言わずと知れた、カモンFMの社長です。
AM 11:05 予定より少し遅れて、一行は記者クラブへ。
まず、フィルムコミッションの植田さんが報道資料等を記者のみなさんに配布。今回の記者会見の趣旨等を話されてから質疑応答にはいりました。その一部を紹介!
映画を観た後に、誰かにありがとうって言える、好きだよって言える、人にやさしくなれる映画を撮りたいなって思っています。
完成と公開は?また予算は?
臼井さん:完成予定が今年の10月で、公開が来年の春の予定で、全国の100館以上の映画館で一斉公開する予定です。制作費は約2億。宣伝費を含むと約3億7千万です。
ロケ場所は?
佐々部監督:全体の7割が下関でロケをします。カモンワーフ、唐戸ボードウォーク、長府、下関駅付近・・・チルソクで撮れなかった下関の今の様をいっぱい撮ろうと思っています。
その他では、現在稼動している八幡の映画館を撮影期間中は休館にして、「みなと劇場」につくりかえて撮影します。その他のロケ場所としては、北九州市、福岡市、済州島です。
ストーリーは?
佐々部監督:1961~70年代映画館がまだいっぱいあったころ、映画の上映の間に、お客さんを笑わせたり、手品をしたりする「幕間芸人」にスポットをあて、その親子の確執を軸に、それを取材する女性レポーターとその父の愛憎物語を、当時と現代を交錯させながら進行させていきます。当時の映画も劇中劇で上映します。
どして下関で撮るのか?
佐々部監督:当初は、大阪を舞台で脚本を書いていましたが、上手く大阪弁がかけないのと、自分が昭和40年代で映画を観たのがこの街がだから、下関を舞台にすることで、リアリティをもって脚本を書く事ができるのと、大阪で30年代・40年代のロケ場所探すのが至難のわざで、経費も莫大に掛かる。でも下関だと、そんな場所がまだまだたくさんあるし、(佐々部監督曰く、下関は昭和30年代~40年代のイメージをもつロケ地の宝庫)映画を製作する上で、フィルムコミッションの存在も大きく、「チルソクの夏」チームでの映画作りは、スムーズにいくという確信があったので、下関を舞台に脚本を書き換えました。
フィルムコミションはどういう協力を?
冨永さん:基本的にはエキストラであるとか、ロケがスムーズで行くように、関係官庁に連絡したり、道路の使用許可を取ったり、地元で協力できることはしていきます。チル夏のときに培ったノウハウを生かして協力していきたいと思います。
クランクインは?
臼井:7月16日頃、下関でクランクインする予定です。


記者の質問に丁寧に答える3人。 記者会見を終え、市役所玄関前で他のスタッフと合流する佐々部監督。左から、撮影の坂江さん、佐々部監督、製作の吉崎さん、助監督の山本さん、製作の高橋さん、装飾のはぎ原さん。 - 2004年6月6日(日)今にも雨が降りそうな梅雨空
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AM9:30 ロケハンの場所を前日に聞きだし、私もイザ出陣。場所は八幡東区の有楽劇場。カーナビを頼りに着いたその映画館は・・・。
(色々な映画館や公民館を見てまわって、結局ここの館で撮影することになったそうです。)
この歳になると「キャアー」とも言わない自分が怖い。「監督、中だよ~。」の声に、ズカズカと入っていくも・・・やっぱり目のやり場に困る。
照明の守利(もり)さんは、「シャイなあんちくしょう」って感じの方。どこに、照明器具を取り付けるのか思案中? 

レトロな感じがいい!売店と上映予定看板 

監督に誘われて、2階の映写室へ。ぶち感動もの!!特に四角い窓から覗くスクリーンは、特別なものに感じました。 
外観はこんな感じ。美術、装飾スタッフの手で、どんな風に変るのか楽しみです。 - 2004年6月5日(土)梅雨なのに快晴
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この日はロケハン(撮影する場所を探し、下見をすること)に同行させていただきました。
2日前から美術や装飾を担当するスタッフが先に下関入りして、下見をされていたそうです。
そして、監督がこの日から合流。下関市内をロケハンされていると聞いて夕方、私も彦島へ。
10人以上のいいオジサンがこぞって動く姿は・・・間違いなく怪しい!地元の方々が、誰?何をしてるの???って感じで、遠巻きに見ている姿がおかしかったです。

一番手前のバンダナを巻いているあやしげな人は装飾のはぎ原さん。 南風泊に灯台が・・・知らなかった。結構ロマンチックかも。 
これからのスケジュール調整をする3人。左が製作担当の吉崎さん、中央はフィルムコミッションの植田さん、右は6月から観光振興課に移動になったダニエル・ラドクリフ似?の市村さん。 

植田さんが一番好きな下関の場所。くわしくは、ドットコムな人へ! 監督も大絶賛!!ここが撮影場所になるかも?! - 2004年2月8日(日)快晴(シナハン日和!?)
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AM9:30 佐々部監督、美術の若松さん、撮影の坂江さん、下関フィルムコミッションの植田さんがアーリーコンピュータに集合。前日かなり遅くまで、打合せ?をされていたらしく、みなさん少し辛そうでした。 今回の映画で、重要なシーンの撮影場所になる「昭和30年代~40年代の雰囲気をもつ映画館」の候補の一つ、大阪の映画館を撮影したビデオを観ながら、皆さんで論議を交わされていました。 その後、シナハンへ。(シナリオを書く(手直しする)際に、舞台となる場所を下見、取材すること)私も、お邪魔と知りつつ同行させていただきました。 行った場所は、下関駅西口付近、まるは通り、長門市場、グリーンモール、文化会館、中央公民館、竹崎町、向洋町、長府駅、彦島。そして萩と角島へも行きました。萩で何を下見るの??と思っていたら、映画館へ。でも残念ながら監督のイメージにはあわかなったようでした。 角島では、灯台を重点的に下見されていました。(この日は風が強く、とにかく寒かったです。)


中央公民館にこんな施設があるとは・・・。一人写っているのは若松さん。 長門市場。グリーンのコートが佐々部監督。後ろのベンチコートを着ているのが坂江さん。そして少し離れて、モデル立ち?をしているのがフィルムコミッションの植田さん。 

まるは通りにあるパチンコ店跡地。ここに映画館の入口のセットを組む・・・かも? 竹崎町。何やら顔をしかめる三人衆 

知る人ぞ知る?向洋町の坂道。ボールを転がしたくなったのは私だけ? 長府駅前。あさひ薬局へ駆け込む若松さんと佐々部監督。出てきた二人の手には、○○ドリンク。もしかしなくても二日酔い?身体を大事にして下さいね! 

萩の映画館。う~ん。難しいか? とにかく・・・寒い!坂江さんの表情でわかりますよね。